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2026. 06. 09
生産者来日

尽きないワインへの探求―― 名門ワイン商「ジャン・ピエール・ムエックス」のオーナーが語る、ワイン造りの哲学

 ボルドー右岸を代表する名門ワイン商「ジャン・ピエール・ムエックス」。「シャトー・ベレール・モナンジュ」や「シャトー・ラ・フルール・ペトリュス」、「オザンナ」といった名シャトーを擁し、アメリカ・カリフォルニアでは「ドミナス・エステート」や「ユリシーズ・ヴィンヤード」も手がけています。その歩みを率いてきたのが、オーナーのクリスチャン・ムエックス氏。今回の来日で印象に残ったのは、世界的な名声を得た今なお衰えることのない、ワインへの探究心でした。穏やかな語り口の奥に宿る確かな意志を感じる、ワイン造りへの想いをお伝えします。

JPM_1.jpgオーナーのクリスチャン・ムエックス氏

エレガンスはこうして生まれる――クリスチャン氏理想のボルドーワイン 

 「ジャン・ピエール・ムエックス」が右岸のサン・テミリオンに所有するシャトーのひとつ、「ベレール・モナンジュ」。1952年にクリスチャン氏の父、ジャン・ピエール氏が購入した「シャトー・マグドレーヌ」と、クリスチャン氏が2008年に購入した「シャトー・ベレール」を統合して誕生したシャトーです。このシャトーは現在クリスチャン氏のご子息、エドワール・ムエックス氏が管理しています。

JPM_3.jpg出典:Google Earth(© Google, Image © Maxar Technologies)

ベレール・モナンジュが所有する畑

赤色のエリア:『ベレール・モナンジュ』に使われ、石灰岩が主体
黄色のエリア:セカンドラベル『アノンス・ド・ベレール・モナンジュ』に使われ、粘土質土壌が多く含まれる
青色のエリア:サードラベル『オーロック・ブランカン』に使われ、砂質土壌が主体
(大きな括りは上記ですが、例えば赤色のエリアで植え替えが必要で、若木があった場合はセカンドラベルに使用することもあるのであくまで目安とのこと)

 画像中の青いピンが立っている箇所が、2023年に完成したベレール・モナンジュの新しいシャトーです。この地の特徴である石灰岩土壌をコンセプトに、「ドミナス・エステート」と同様に世界的建築家ユニット、ヘルツォーク&ド・ムーロンの設計による、石灰岩を用いたモダンな白い建築物となっています。

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2023年に完成したベレール・モナンジュの新シャトー

 ボルドーワインに重厚さを思い浮かべる人は多いかもしれません。ですが、彼らの手がけるワインは重すぎず、軽やかささえ感じます。 「ボルドー品種で軽やかさとエレガントさを表現するのは、非常に難しいことです。それでも私は、モーツァルトのソナタを聴いたときに感じるようなエレガントさを、ボルドー品種で表現したいのです」と、理想を語るクリスチャン・ムエックス氏の言葉には、長年ワインと向き合ってきた造り手ならではの考え方が滲みます。そのためにはテロワールの力を引き出すことが重要だと考えているそうです。

 彼が目指すスタイルは一貫しており、大切にしているのは"やさしい抽出"です。「硬さがあり、開けてすぐには飲めないワインは、20年前にはひとつのトレンドでした。しかし近年、トレンドがブルゴーニュへと回帰していることからもわかるように、今は飲み疲れせず、思わずもう一杯飲みたくなるようなワインが求められていると感じています」。実際、その味わいはしなやかで端正なエレガンスを感じ、もう一口飲みたくなる余韻へと繋がっています。

 さらにクリスチャン氏のお話で印象的だったのは、品質について語るときでさえ、その中心に"飲む喜び"が置かれていたことです。「皆が飲んで楽しい、喜びを感じられるワインを届けたいのです」。格式や評価だけでは測れない、ワインの大切な魅力をあらためて感じさせる言葉でした。

 クリスチャン氏が語るように、造られるワインはいずれも、素直に今飲んでおいしいと感じられる仕上がりです。

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『アノンス・ド・ベレール・モナンジュ 2022年』

「2022年は非常に素晴らしいヴィンテージです」とクリスチャン氏。ラズベリーを思わせる赤系果実の香りが立ち上がり、しなやかな飲み心地へと繋がります。「セカンドワインですが、非常に繊細な仕上がりです」という言葉どおり、軽やかさの中に確かな品格が感じられる1本です。

011530110021.png『ベレール・モナンジュ 2023年』

一方の『ベレール・モナンジュ 2023年』は、より深みのある色調と黒系果実の香りが印象的。余韻は長く、スケール感がありながら、タンニンは驚くほどなめらかです。堂々とした風格と軽やかなエレガンスが無理なく両立し、グラン・ヴァンらしい存在感を示しています。

正しいかはまだわからない。惑いこそ自分らしい人生

「シャトー・マグドレーヌ」と「シャトー・ベレール」を統合し、「ベレール・モナンジュ」として初めて世に送り出したヴィンテージは2012年。

「私はワイン造りというのは20年スパンで考えるべきだと思っています。そしてベレール・モナンジュはまだ20年経っていません。統合してひとつのシャトーとしてワインを造ることが正しかったかどうかは、これから知ることになります」と、まだワイナリーとしては途上にあると話します。
 
「人によっては、決断の目的を明確に語るのかもしれません。ですが、私のアプローチはそうではありません。迷いながら、今でも悩んで眠れない夜があります。だからこそ、ワインは私にとって、自分の人生そのものだと言えるのです」。クリスチャン氏の言葉からは、答えの出ない時間そのものを引き受けながらワインと向き合い続ける誠実さが感じられます。

ナパ・ヴァレーでも息づく、「ジャン・ピエール・ムエックス」らしい信念

 「ジャン・ピエール・ムエックス」のもうひとつの拠点が、カリフォルニア・ナパ・ヴァレーに1983年に立ち上げた「ドミナス・エステート」、2008年に購入したオークヴィルのワイナリー「ユリシーズ・ヴィンヤード」です。

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出典:Google Earth(© Google, Image © Maxar Technologies)

「ドミナス・エステート」「ユリシーズ・ヴィンヤード」が所有する畑

赤色のエリア:「ドミナス・エステート」の畑
山側が『ドミナス』、中央のエリアが『ナパヌック』、ワイナリーの建物がある手前のエリアが『オテロ』のワインのブドウに使われています
黄色のエリア:「ユリシーズ」の畑

 ナパ・ヴァレーのワインについて、クリスチャン氏は次のように話してくれました。

「フランスに比べてまるで地に錨をつけたようなどっしりとした感覚がありますよね。けれども、ドミナス・エステートのワインは、カリフォルニアのワインの中でも非常にエレガントなワインとして分類されると思います」。実際、その味わいには、ナパ・ヴァレーらしい凝縮感のある果実味を持ちながらも"重い"という印象を受けない、均整の取れた美しさがあります。土地が変わってもなお、エレガンスを貫いているのです。

 ナパ・ヴァレーでは99%のワイナリーが灌漑を行っています。ですが、ドミナス・エステートではあえて灌漑を行っていません。灌漑を行うと表層の土が湿った状態となり、土壌の浅い部分に根が集中します。根が水分を求めて下へ下へと長く伸びるよう、ブドウ樹のポテンシャルを最大限に引き出すための選択をしています。

JPM_6.jpg灌漑の有無による根の長さの違い(左が灌漑を行わなかったときのブドウ樹の根)

051332231_2.png『オテロ』

実は『オテロ』は、エノテカと縁の深いワインです。約20年前、クリスチャン氏とエノテカの創業者・廣瀬が京都の鴨川を一緒に歩いていた際、廣瀬から「日本人向けの軽やかなワインを造ってほしい」と伝えられたことがきっかけとなり、誕生したワイン。ラベルも、日本の国旗をモチーフにしています。『オテロ』はアメリカのレストランでも好評とのことで、ボルドー右岸と比較するとより凝縮感のある果実味を感じますが、それでいてエレガントさのあるワインに仕上がっています。

0565405114_2.png『ナパヌック』

『オテロ』に比べると、より黒系果実の香りが前に出ており、シナモンを思わせるスパイスのニュアンスも印象的です。やさしい抽出をすることでこの柔らかさを表現しており、まるでポムロルのワインのよう。「ブラインドで飲むと『ドミナス』と間違うようなクオリティの高さがあります」とクリスチャン氏が語るように、ナパ・ヴァレーの豊かさとボルドーのような洗練された印象が綺麗に重なり、完成度の高さがまっすぐ伝わってくる1本です。

056540111_2.png『ドミナス』

『ドミナス』 は他の2本と比べると、より深い果実味にミントを思わせる清涼感が重なり、複雑さが際立ちます。「『ドミナス』はクラシックなワインを好む方に合うと思います」とクリスチャン氏が語るとおり、華やかでスケール感がありながらも、印象はあくまで端正な仕上がりです。

自分の決断を楽しみに待つ、クリスチャン氏の見つめる未来

 2008年に立ち上げた「ユリシーズ・ヴィンヤード」も、クリスチャン氏にとって新たな挑戦でした。畑の整備を経て、ファーストヴィンテージは2012年。「『ベレール・モナンジュ』と同様に20年経っていないため、『ユリシーズ』が成功したか答えはまだわかりません」と語る姿からも、挑戦が今もなお続いていることが伺えます。

 「私は今年80歳になりますが、まだまだやることがいっぱいです。自分の決断の結果を楽しみにしながら、日々働いています」。そう笑顔で語るクリスチャン氏の表情には、終わりのない探究を前向きに引き受ける姿勢が滲んでいました。

 クリスチャン氏は現在もなお冬の剪定を自ら行い、夏場も休暇を取ることなく、早朝から畑の手入れを続けています。ナパで約45年、ペトリュスを含めボルドー右岸では約55年にわたり畑仕事に携わってきたその手は、厚みと存在感を備えた、まさに職人の手です。

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「ファーマー(農家)の手」だと自ら語る、クリスチャン氏の両手

 世界的な名声を得た今なお、クリスチャン氏の言葉にあったのは、完成を語る響きではなく、これからも先へ進み続ける情熱でした。その終わりなき探究心こそが、ワインに奥行きと品格をもたらし続けているのでしょう。

■ベレール・モナンジュ:https://www.enoteca.co.jp/producer/detail/8
■ドミナス・エステート:http://enoteca.co.jp/producer/detail/94