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2026. 06. 02
特別インタビュー

自然を指針にワインの未来を問い続ける イザベル・レジュロンMWが語る"ナチュラルワインの本質"

 ナチュラルワインの世界的第一人者であり、「ワイン界で最も影響力のある女性50人の一人」(The Drinks Business)に位置づけられる、マスター・オブ・ワイン(MW)のイザベル・レジュロン氏。世界最大級のナチュラルワインの祭典「RAW WINE」の開催に合わせ、創設者であるイザベルMW(マスター・オブ・ワイン)が来日。エノテカでは、ショップイベントやマスタークラスを通じて、彼女の思想に触れる貴重な機会が実現しました。多忙なスケジュールの合間を縫い、ナチュラルワインに懸ける想いや、その根底にある哲学についてお話を伺いました。

イザベルレジュロンMW.jpgイザベル・レジュロンMW。味噌や納豆など日本の発酵食品が大好きだそう。

自然という指針が導いたナチュラルワインの原点

 フランス・コニャック地方のワイン農家に生まれ育ったイザベルMW。ナチュラルワインの活動へと向かう背景には、幼少期から身近にあった自然の存在があります。家畜や野生のキノコが日常的にある環境で育まれた、「自然のバランス」への感覚――それが、彼女の価値観の確かな軸となっています。

 「自然へ立ち返る」という意識を強くした背景には、肺がんで父を亡くした経験がありました。農薬や機械による大量生産が広がっていた当時、イザベルMWの家族をはじめ、コニャック地方の多くの生産者が健康被害に苦しんでいたのです。

 ワインについて学びを深めるなかで、彼女はやがて、生産効率や市場評価を優先する業界のあり方に違和感を覚えるようになりました。そんなときに出会ったのが、ビオディナミの先駆者ニコラ・ジョリー*です。

「自然とのつながりを失い、市場原理を優先するワインの世界に幻滅していたとき、もうひとつの世界があることに気づきました。ニコラ・ジョリーのような生産者との出会いは、まさにひらめきの瞬間で、ここが自分のいるべき場所だと感じたのです。自然を守り、その価値を伝えていきたい――そんな想いを抱くようになりました。

ワインはストーリーを語ることができる特別なプロダクトであり、自然のあり方や背景を伝える手段として、他にはない魅力があります。ナチュラルワインに携わるようになってからは、その想いが確信へと変わり、仕事そのものから大きなエネルギーを得るようになりました。」

*ニコラ・ジョリー(1945年生まれ)は、フランス・ロワール地方を代表するワイン生産者。ビオディナミ農法のパイオニア、かつ最大の思想的リーダーの一人で、現在のナチュラルワインの潮流を切り開いた存在。

拡大の先に見えるナチュラルワインの現在地

 イザベル・レジュロン氏が「RAW WINE」を立ち上げたのは2012年。当時、「ナチュラルワイン」という言葉はまだ一般的ではなく、優れた造り手であっても市場との接点を持つことは容易ではありませんでした。

 だからこそ彼女が目指したのは、単なる試飲会ではなく、ワインの背景にある思想や物語までを伝える場でした。生産者と飲み手をつなぎ、その本質的な価値を共有するためのプラットフォームとして、「RAW WINE」は誕生したのです。

「それから14年。ナチュラルワインを取り巻く環境は大きく変化しました。2010年代後半からコロナ禍にかけてはトレンド化し、市場は拡大。"ナチュラルワインなら何でも売れる"とも言える状況が続きましたが、コロナ後、その反動とともに熱狂は収束しました。現在の課題は、これまで啓蒙を続けてきたにもかかわらず、環境や農業、日々の食に対する関心が、必ずしも十分に浸透していないという現実です。この潮流を一時的なブームに終わらせず、持続的な文化として根付かせるために――拡大を遂げた業界が次のフェーズに進むには、なお多くの取り組みが求められています。」

 イザベルMWが見据えているのは、ナチュラルワインの認知や市場拡大だけではありません。人類と自然がいかに調和して生きていくかという、極めて大きなテーマです。

ワインの本質は土壌で決まる

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南アフリカの土壌(ミミズなど土壌生物の存在が確認できる)※写真提供:イザベル・レジュロン氏

「ワインのクオリティの90%は畑で決まる」──そう語るイザベルMW。では、その畑において何が最も重要なのでしょうか。その問いに対し、「まず何よりも生物多様性、土壌の健康が大切です。」と即答されました。

 除草剤や農薬に過度に頼らないことで、ミミズや微生物、昆虫など多様な生物が土の中で働き、栄養が自然に循環します。こうした"生きた土壌"こそが、ブドウ樹本来の力を育み、ワインの味わいを形づくります。同じ肥料を与えても、健康な土壌であれば養分はしっかりと吸収されます。一方で、土壌が弱っていると、同じ結果にはつながりません。加えて健全な土壌は、昨今の気候変動における環境の激しい揺れに対しても、適応することができると言います。

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同じ肥料を与えた2つの異なる土壌のブドウの葉。左は土壌が弱り、養分を十分に吸収できていない。右は健全な土壌で育ったブドウの葉。※写真提供:イザベル・レジュロン氏

「ブドウの樹を、生きている子どものように扱うか(一人一人の子どもが違うように、その個性を尊重して扱うか)、それともコモディティのように画一化して扱うのか。ナチュラルワインの考え方は、前者の生きている子どものように扱うことだと考えます。」

思想や共感で選ばれる時代のナチュラルワイン

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セミナーでは、イザベルMWがインスピレーションを受けたという、自然農法を提唱した日本の農学者・福岡正信氏(1913―2008)の名前も挙がりました。

  イザベルMWが指摘するように、かつてのナチュラルワインブームは一段落し、世界全体で見るとワインの消費量は減少傾向にあります。そうした時代において、ワインに求められる価値とはどのようなものなのでしょうか。

「今は、かつてのように量をたくさん飲む時代ではなくなりつつあります。一方で、消費者の中には、"より少なく、より良いものを選びたい"という意識が広がっています。単に安いワインを多く飲むのではなく、自分が納得できる背景を持つワイン、例えば、"造り手の顔が見えるワイン"、 "環境や栽培思想に共感できるワイン"、"食事やライフスタイルに自然に寄り添うワイン"。こうした価値を求めるお客様が増えているのではないでしょうか。

この流れに対して、ナチュラルワインはとても相性が良いカテゴリーです。なぜならナチュラルワインは、ワインそのものがストーリーを語りやすいからです。畑の管理、土壌の扱い、農薬使用の考え方、自然発酵、清澄や濾過を行うかどうか、SO₂添加量の判断。これらは単なるスペックではなく、"造り手の思想そのもの"です。そしてその思想は、お客様にとって"このワインを選ぶ理由"になります。」

多様な選択肢の中で考える、ナチュラルワインの役割

 それでは、ナチュラルワインはメインストリームになる可能性はあるのでしょうか?

「私がナチュラルワインを通して実現したかったのは、お客様が「自分が何を飲んでいるのか」をきちんと知ること、そのための透明性を高めることでした。一方で、ナチュラルワインラヴァーがナチュラルワインだけを飲む、あるいは限られたカテゴリーの中だけで完結してしまうような、閉じた世界をつくりたいとは思っていません。

大切なのは、ワインを選ぶ際に、正しい形で選択肢が提示されていること。ナチュラルワインも、そうでないワインも並び、それぞれの背景や価値を理解したうえで選べる環境があることです。そうした意味で、ナチュラルワインと多様なスタイルのワインをともに扱うエノテカのような存在は、とても重要だと考えています。

ナチュラルワインを飲む人がほかのワインも楽しみ、その逆もまた然り。選択肢が開かれていることこそが、ワインの世界をより豊かにすると、私は信じています。」

ナチュラルワインは、ワイン産業全体から見ればごく小さなカテゴリーで、イザベルMWによると全体の1%程度にすぎないとか。おそらく、今後もワイン市場全体を置き換えるようなメインカテゴリーにはならないかもしれない、とイザベルMWは話します。

「そもそも、すべてのお客様がナチュラルワインを求めているわけではありませんし、すべてのチャネルにナチュラルワインが適しているわけでもありません。でも、だからこそ面白いのです。

ナチュラルワインは、現代の経済合理性に傾倒した"今"のワインのサプライチェーン全体を、より多角的に見るきっかけを与えてくれます。消費量が減少し、"より少なく、より良いもの"を選ぶ時代において、私たちは今後、どのようなワインを提案していくべきなのでしょうか。

安定性、価格、均一性を重視したワインなのか。
透明性、造り手の思想、畑の背景、食事との親和性を持つワインなのか。
あるいは、その両方を、チャネルとターゲットに応じてどう使い分けるべきなのか。

ナチュラルワインは、その問いを考えるための、とても大切な入口なのかもしれません。」

イザベルMWが解説! エノテカ取り扱いのナチュラルワイン4選

マスタークラスでは、エノテカで取り扱うナチュラルワイン4銘柄について、イザベルMWに解説いただきました。

■ビアンカ・ウント・ダニエル・シュミット(ドイツ・ラインヘッセン)

「冷涼な産地が多いドイツでは、ブドウは高い酸を保ったまま成熟します。そのため、酸が魅力となるリースリングなどの品種は、酸をやわらげるマロラクティック発酵を行わずに造られることが多く見られます。結果としてリンゴ酸が残りやすく、ワインの安定性を保つためにSO₂の使用量がやや多くなる傾向があります。その点で注目したいのが、シュミットのアプローチです。シュミットでは、クオリティを維持しながらSO₂の使用量を抑える独自の手法を実践しています。産地の特性を尊重しながら、ナチュラルワインの思想を両立させたスタイルを確立している点は特筆すべきでしょう。」

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フライハイト・ヴァイス

「ピノ・ブラン、ピノ・グリ、シルヴァーナー、リースリングなど6品種を使用し、アルコール発酵前に約10日間のスキンコンタクトを行っています。7000Lの大容量タンクでの発酵は温度変化が緩やかになるため、"ゆっくり進む発酵"がポイントです。スキンコンタクト由来のテクスチャーと、フレッシュな酸のバランスが魅力で、食事に寄り添うフードフレンドリーなワインです。」

■ロック(イタリア・トレンティーノ・アルト・アディジェ)

「ワイナリー名はドイツ語で「冒険家」を意味し、その名のとおり、伝統を尊重しながらも新たなアプローチに挑む造り手です。200年以上続く畑を持ち、"できるだけ飾り気のない、本物の生きたワイン"をモットーに、自然に配慮した栽培を行っており、「RAW WINE」にも参加しています。拠点とするトレンティーノ・アルト・アディジェは、白ワインの最前線とされる冷涼産地。彼らはそのテロワールを生かし、伝統品種に加えて環境負荷を抑えるPIWI品種(病害耐性を持つブドウの交配品種)も導入しています。」

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ヴィ―ル・アンデース

「10日間のスキンコンタクトによってタンニンやフェノリックが穏やかに引き出され、落ち着いたニュアンスに仕上がっています。このスタイルは、ナチュラルワインの文脈でドイツや北イタリアを中心に広がっているトレンドとも重なります。もともとゲヴュルツトラミネールは華やかなアロマが特長の品種ですが、果皮との接触時間を長く取ることで香りがほどよく抑えられ、酸味と複雑さのバランスが整います。その結果、食事と合わせやすいスタイルに仕上がっています。」

■エノズ(イタリア・カンパーニア)

「イタリア・カンパーニア州で2013年に設立。伝統的なビオディナミ農法を実践し、野生酵母のみで醸造を行っています。敷地内にはブドウ畑にとどまらず多様な植物が共存し、生物多様性と食物連鎖が保たれることで、畑全体の健全性につながっています。エノズで特に注目したいのが、アンフォラの使用です。セラミック製のニュートラルな容器であるため、樽のような香りを与えることなく、果実のピュアなアロマや土地の個性をそのまま引き出すことができます。火山性土壌や海風が吹きつける独自のテロワールと、ナチュラルの思想が調和したスタイルがエノズの魅力です。」

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ラ・モナーデ・フィアーノ

「カンパーニア州原産のブドウ、フィアーノで造られるオレンジワイン。スキンコンタクトの長さについて試行錯誤を重ね、現在は従来よりもやや短い4日間に設定しています。醸造から熟成まで一貫してアンフォラを用いることで、過度な抽出や樽由来の風味を避けつつ、ブドウ本来の質感や土壌由来のニュアンスを穏やかに引き出しています。熟成は約6〜12カ月間アンフォラで行われ、ワインに自然な奥行きと落ち着きをもたらします。土やスモークを思わせる複雑なニュアンス、心地よい苦味が重なり合い、エレガントで調和の取れた味わいに仕上がっています。」

■メイヤー(オーストラリア・ヤラ・ヴァレー)

「1999年にオーストラリア・ヤラ・ヴァレーで創業したワイナリー。冷涼な気候のもと、「ブラッディ・ヒル(とんでもない丘)」と呼ばれる急斜面の小区画(約2.5ha)を所有しています。古く栄養分の限られた土壌で育つブドウは、厳しい環境のなかでゆっくりと成熟し、凝縮感のある果実を実らせます。シャルドネやピノ・ノワールを中心に、ブドウの個性を最大限に生かすため人為的な介入を最小限に抑えたワイン造りを実践。しっかりとした骨格を備えながら、ピュアで洗練されたエレガントなスタイルが特長です。」

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メイヤー・クローズ・プランテッド・ピノ・ノワール

「クローズ・プランテッド」の名のとおり、平均樹齢20年のブドウを高密植(1haあたり約6,000本)で植栽。高密植により樹同士が水分や養分を競い合うことで収量が抑えられ、果実に凝縮感が生まれています。一般にオーストラリアのワインは果実のアロマが前面に出やすい傾向がありますが、このワインはその中間的な存在。果実味が過度に主張することなく、複雑味とバランスの取れた味わいが特長です。美しくきめ細かなタンニンを備えており、"オーストラリアを代表するトップクラスのピノ・ノワール"と評価される理由がうかがえます。」