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バルバレスコを世界に飲ませた、「プロドゥットーリ・デル・バルバレスコ」の哲学とは?
イタリア・ピエモンテの銘醸地、バルバレスコを代表する存在の「プロドゥットーリ・デル・バルバレスコ」。複数の栽培農家によって構成される生産者組合でありながら、徹底した品質へのこだわりにより、"高品質でありながら手の届く価格"を実現してきた、特異な存在です。
そんな「プロドゥットーリ・デル・バルバレスコ」から、長年にわたりその発展を支えてきたマネージング・ディレクターのアルド・ヴァッカ氏が来日。2026年での引退を控える彼にとって最後の来日となった今回、バルバレスコの歴史とともに、彼らが貫いてきた品質へのこだわりを伺いました。
マネージング・ディレクターのアルド・ヴァッカ氏
■バルバレスコはいかにして名声を築いたのか
畑の奥に見える塔はバルバレスコの象徴、「プロドゥットーリ・デル・バルバレスコ」のラベルにも描かれる
バルバレスコは、イタリア北部ピエモンテ州で造られるネッビオーロ主体の赤ワインで、今やバローロと並び称される存在です。産地としての規模は決して大きくなく、南北約4km、東西約2.5kmという限られたエリアで畑ごとに異なる表情を見せます。
その歴史は「プロドゥットーリ・デル・バルバレスコ」の歩みと深く結びついています。
〜19世紀末:
バルバレスコでネッビオーロは栽培されていたものの、バローロ用として販売されるか、無銘のテーブルワインとして扱われていました。
1894年:
この地のネッビオーロが持つポテンシャルにいち早く気づいた、アルバ王立醸造学校の校長ドミツィオ・カヴァッツァ氏(1856年-1913年)が9つのブドウ農家を結集し、バルバレスコ初の生産者組合「カンティーネ・ソチアーリ」を創設。バルバレスコと明記したワインを初めて販売しました。
この取り組みについてアルド氏は、「バルバレスコを商業的に確立させた最初の成功例」と語ります。これによりバルバレスコはバローロと並び語られる存在、いわば"双子"のような関係として認識されるようになりました。
ドミツィオ・カヴァッツァ氏
~1920年代:
カヴァッツァ氏の死去により組合は解散。さらに二度の世界大戦を経て、バルバレスコは再び厳しい時代を迎えます。
1958年:
カヴァッツァ氏の取り組みを手本にバルバレスコを復活させるため、バルバレスコ村の司祭、ドン・フィオリーノ氏の呼びかけによって19のブドウ農家が再結集。
ブドウを個別に売るのではなく、共同でワインを造ることで価値を高める仕組みとして、「プロドゥットーリ・デル・バルバレスコ」が誕生しました。
ドン・フィオリーノ氏
アルド氏は「1958年の19の創設メンバーには、両祖父とも含まれていました。そして当時、唯一の大卒の若者であった父がワイナリーの運営を担いました」と語ります。
1991年からはアルド氏も参画し、今日に至るまで組合の発展を支えてきました。そこには、単なる農家の集まりではなく、家族と歴史の積み重ねがあります。
■ハイクオリティー&グッドプライスを実現する3つのルール

一般的に協同組合は、デイリーワインを中心に生産することが多いとされていますが、「プロドゥットーリ・デル・バルバレスコ」が生み出すのはファインワイン。高品質に徹底的にこだわり、独自の地位を築いてきました。
その品質は、世界的に有名な評論家ロバート・パーカーから「品質に対する取り組みにおいて、最も優れ、かつ真摯に運営されている協同組合(中略)」※1と評価されるほどです。
その背景にあるのが、"ハイクオリティー&グッドプライス"という明確な価値観で、1958年の創設時から現在まで3つのルールを掲げています。
1.ネッビオーロのみに特化すること
他の生産者はモスカートやドルチェットなどのワインも生産しますが、彼らはバルバレスコというワインに集中し、その品質を徹底的に追求します。2.収穫したネッビオーロをすべて組合に納めること
農家と組合の間の競合をなくし、品質向上に専念できる環境を作ります。3.品質に応じて報酬が決まること
創設当初は糖度のみを基準としていましたが、現在では糖度に加え、色調やタンニンの成熟度といった3つの指標で評価され、その結果が収入に直接反映されます。
収穫はすべて手摘みで行われ、各農家が最適なタイミングを見極めてブドウを持ち込みます。現在では、単にブドウを「買い取る」形ではなく、利益を分配する仕組みへと進化。つまり、ワイナリーの利益はすべて農家に還元されるのです。
ワイナリーの運営を担うアルド氏も、「自分は組合のためではなく、農家のために働いています」と語るほど、農家が手塩に掛けて育てたブドウをいかに重要視しているかがわかります。
こうした精密な仕組みにより、品質を維持しながら過度な価格上昇を避け、多くの人に高品質なバルバレスコを届けることができるのです。このバランスこそが、彼らが世界的に評価される※2大きな要因と言えるでしょう。
※1 1989年バルバレスコ リオ・ソルドのテイスティング・コメントより ワイン・アドヴォケイト1994年4月30日号
※2 ワイン・スペクテーター2025年トップ100にて『バルバレスコ』の2021年ヴィンテージが世界第7位を獲得。ワイン・スペクテーター2016年トップ100『バルバレスコ・リゼルヴァ・アジリ』の2011年ヴィンテージ世界第5位を獲得。
■バルバレスコを世界に"飲ませた"!?
アルド氏のお話で印象的だったのが、バルバレスコの発展に欠かせないもう一人の重要人物の存在です。
それが、イタリアワイン界を代表する名門「ガヤ」の4代目当主、アンジェロ・ガヤ氏。彼は1961年、わずか21歳で自社畑のバルバレスコだけを造るという決断を下しました。
当時、マーケットですでに成功していた「ガヤ」は、バローロを造ることをやめ、バルバレスコをフラッグシップとして主軸に据え、その価値を世界に示しました。
「ガヤ」の4代目当主、アンジェロ・ガヤ氏
「ガヤ」は高品質かつ高価格帯でブランド価値を押し上げた一方で、「プロドゥットーリ・デル・バルバレスコ」は高品質を保ちながら手の届く価格帯でその魅力を広めてきました。
アルド氏はユーモアを交えて、このように話します。「ガヤはバルバレスコを"世界に知らしめた"。そしてプロドゥットーリ・デル・バルバレスコは、それを"世界に飲ませた"」。
一方が価値を"引き上げ"、もう一方が価値を"広げた"。両者の相乗効果により、バルバレスコの名声が築かれてきたのです。
■単一畑のワインにも表れる、品質への徹底したこだわり
バルバレスコには66の単一畑(クリュ)があり、「プロドゥットーリ・デル・バルバレスコ」はそのうち9つの畑を手掛けています。
「プロドゥットーリ・デル・バルバレスコ」が手掛ける単一畑は濃い赤で示される
1967年から他の多くの生産者に先駆けて単一畑のワインをリリースし、その後大きな人気を集めました。しかしその人気の高まりとともに、歴史的な畑名と新たに名付けられた名称が混在し、混乱が生じるようになります。
こうした背景から、「MGA(Menzioni Geografiche Aggiuntive=追加地理言及)」という概念が整備され、2006年には公式に地図化。バルバレスコの畑区分は制度として確立され、現在は厳格に管理されています。
バルバレスコの66の単一畑を示した地図
「プロドゥットーリ・デル・バルバレスコ」の品質へのこだわりは単一畑のワインでも垣間見られます。例えばポーラの畑は10.7ha所有しており、理論上、この畑だけで最大5万本のワインを造ることができますが、実際には1万5,000本ほどしか造りません。
つまり、単一畑で造るだけでなく、その中でも最良のブドウを厳選しているのです。それはもちろん、ポーラ以外のすべての畑にも当てはまります。
そして、すべてのワインは醸造方法や熟成期間も同じ条件で造られており、味わいの違いを生むのは、畑ごとのテロワールにほかなりません。

左から『バルバレスコ・リゼルヴァ・ポーラ』、『バルバレスコ・リゼルヴァ・アジリ』、『バルバレスコ・リゼルヴァ・モンテフィコ』
「プロドゥットーリ・デル・バルバレスコ」が手掛ける、単一畑の中からスタイルの異なる3種の畑をアルド氏が紹介してくれました。
・ポーラ(10.7ha所有):
川沿いの肥沃な斜面で育つブドウから、開放的で横に広がるようなニュアンスのワインが生まれます。他の畑よりもやわらかなタンニンが特徴で、若いころから楽しみやすい。・アジリ(2.28ha所有):
非常に有名で、多くの生産者が手掛ける単一畑。小規模で南向きの区画が多く、コンパクトな土壌からエレガントで垂直的に伸びるようなタイトなスタイルが生まれます。・モンテフィコ(3.86ha所有):
白い粘土とカルシウムを多く含む石灰粘土質土壌で育つため、骨格がしっかりしタンニンが豊かでアグレッシブな印象。
また、単一畑のワインは毎年必ずリリースされるわけではありません。その年の品質を最優先し、9つすべてをリリースするか、あるいは一切リリースしないかという判断がなされます。
これはそれぞれを同じ条件かつ同じ価格で世に送り出し、いずれも「バルバレスコを体現するワイン」とするためです。アルド氏は「9つは異なる個性を持ちながらも、どれも同じように優れた表現であるべきだ」と語ります。だからこそ、一部でもその水準に満たなければリリースされません。ここにもまた、彼らの一貫した姿勢が表れています。
2026年で引退を決めているアルド氏にとって、今回が最後の来日となりました。世代交代という節目に、彼は「プロドゥットーリ・デル・バルバレスコ」の未来についてこう語りました。
「1958年に19の農家から始まった組合は、現在では54の農家へと広がり、若い世代の参画も進んでいます。その多くは創設当初から関わり続けている家族です。私の後任も決まっていますが、彼の祖父もこの組合の創設メンバーの一人でした。このように、多くの家族が世代を超えて関わり続けていることが、『プロドゥットーリ・デル・バルバレスコ』の大きな特徴です。祖父の代からブドウを栽培する農家が、そのまま次の世代へと受け継がれているのです」。
アルド氏の「世代の継承と結束の強さがあるからこそ、『プロドゥットーリ・デル・バルバレスコ』の未来は明るいと信じている」という言葉には、確かな手応えがにじんでいました。
プロドゥットーリ・デル・バルバレスコ:https://www.enoteca.co.jp/producer/detail/1455



