NEWS

お知らせ
2026. 02. 12
生産者来日

ルイ・ロデレール『ブリュット・ナチュール フィリップ・スタルク』2018年 ── 変化の時代に向き合うシャンパーニュ

 ルイ・ロデレール副社長兼醸造責任者、ジャン・バティスト・レカイヨン氏は、『ブリュット・ナチュール フィリップ・スタルク』を「変化の時代に、シャンパーニュはどうあるべきかを問い続ける存在」だと語ります。

 本記事では、レカイヨン氏の言葉を軸に、このワインに込められた思いと背景、そして2018年ヴィンテージが示す現在地をお届けします。

────────────────────────

 "世界で最も称賛されるシャンパーニュ・ブランド1"として知られるルイ・ロデレールが、2004年から取り組んできたプロジェクトのひとつが、『ブリュット・ナチュール フィリップ・スタルク』です。

 気候や環境、そして飲み手の価値観が大きく変わるなかで、シャンパーニュは何を守り、どこまでを自然に委ねるべきなのか。その問いに向き合うための試みが、このワインには込められています。


※1 ドリンクス・インターナショナル「世界で最も称賛されるシャンパーニュ・ブランド 2025」にて、6年連続第1位に選出

LouisRoederer_Jean-Baptiste Lecaillon.png
副社長兼醸造責任者のジャン・バティスト・レカイヨン氏

変化する環境が突きつける現実 

 レカイヨン氏がまず語るのは、シャンパーニュを取り巻く環境の変化です。「気温の上昇により、ブドウは以前よりも早く成熟するようになりました。」レカイヨン氏によれば、1980年代にはおよそ100日を要していた成熟サイクルは、現在では約86日程度にまで短くなっていると言います。

 その結果、酸を保つために収穫時期を早める判断が求められる一方で、果皮や種子に由来する成熟要素は進みやすくなり、酸と成熟のバランスをどう取るかが、これまで以上に重要なテーマとなっています。また近年では、年ごとの差だけでなく、同じヴィンテージの中でも月単位で気候条件が大きく異なるようになっています。

 こうした環境の変化と同時に、飲み手の価値観も変わりつつあります。「よりフレッシュで香り高く、アルコールは控えめに。力強さよりも、繊細さや心地よさが求められ、素材そのものに目を向ける傾向が広がっています。」

 こうした変化のなかで、「未来のシャンパーニュは、どのような姿であるべきか」。その問いに向き合うために生まれたのが、『ブリュット・ナチュール フィリップ・スタルク』でした。

外の視点から、本質を問い直す

LR_BN_p3.jpg
左から:副社長兼醸造責任者のジャン・バティスト・レカイヨン氏、クリエイターのフィリップ・スタルク氏 、7代目 フレデリック・ルゾー氏

 このプロジェクトでは、ワイン業界の内側だけで答えを導こうとはしていません。構想段階から参画しているのが、世界的クリエイターのフィリップ・スタルク氏です。スタルク氏は、デザイナーという立場から、ワイン業界の外に身を置く視点をもたらす存在として、このプロジェクトに関わっています。

 この参画について、レカイヨン氏は、次のように語ります。「私たちがスタルク氏を迎えたのは、ラベルのデザインのためではありません。ワイン業界の外に身を置く視点から、物事を俯瞰し、本質を見抜く考え方を通じて、シャンパーニュの現在と未来を多角的に議論したかったのです。」

 環境や資源、価値観といったテーマも含めた対話を重ねることで、従来の常識にとらわれない思考の土台が、このプロジェクトの中で形づくられていきました。

キュミエールの単一畑で未来を試す

27_vignoble_clr_automne_news.jpg

 『ブリュット・ナチュール フィリップ・スタルク』の試みは、キュミエール村の一画にある単一畑から始まりました。レカイヨン氏はこの畑を、「未来を考えるためのラボラトリー」と表現します。

 マルヌ川沿いに広がるこの畑は、水分を保持しやすい土壌特性を備え、夏の猛暑や乾燥といった厳しい条件下でも、果実が過度なストレスを受けにくい環境にあります。その結果、酸と成熟のバランスを保ちやすく、凝縮感とフレッシュさを併せ持つブドウが育ちます。そのため、『ブリュット・ナチュール』は、晴天に恵まれた暑く乾燥した年にのみ造られます。

 単一畑であるからこそ、年ごとの気候の違いはそのままワインの表情として現れます。この畑は、気候変動を言葉や数値ではなく、味わいとして捉えるための場でもあるのです。

回復力を高めるための、多様な栽培

 この畑で重視されているのが、多様性です。2004年からオーガニック栽培を実践し、現在はビオディナミも取り入れながら、シャルドネやピノ・ノワールに加え、アルバンヌやピノ・ブランといった品種も同じ畑の中で育てています。

 レカイヨン氏は、「この土地で長い時間をかけて適応してきた品種や樹の個性を含む、遺伝的な幅に目を向ける必要がある」と語ります。マサル・セレクション2によって選抜されたブドウ樹を用いることで、そうした遺伝的な多様性が畑の中で保たれています。異なる品種や樹が混在することで、芽吹きや開花、成熟のタイミングには自然な幅が生まれます。レカイヨン氏は、こうした生育のリズムの違いが畑全体のリスクを分散させることで、極端な年においても土地の個性を保ち続けるための「回復力」につながると考えています。

 その考え方は、ワイン造りにも具体的に反映されています。2018年ヴィンテージでは、初めての試みとして、同区画で育てられた複数品種の中から、シャンパーニュに柔らかさと丸みを与える目的で、ピノ・ブランが極少量ブレンドされました。

2 :ブドウ畑で個性の異なる樹から優れた性質を持つ穂木を選び、挿し木して増やす伝統的な方法。遺伝的多様性を保ち、テロワールを表現する目的で行われる

畑の考え方は、醸造にも一貫

 畑での考え方は、醸造においても一貫しています。『ブリュット・ナチュール フィリップ・スタルク』では、同じ畑で育った複数品種を同時に収穫し、同じタンクで発酵させています。品種ごとの個性を切り分けるのではなく、その年の畑全体が示したバランスを、そのままワインとして表現するためです。

 補糖を行わないノン・ドザージュ、マロラクティック発酵を行わない造り、そしてやや抑えたガス圧。いずれも味わいを補整するためではなく、ブドウが本来備えていた酸や骨格を、できるだけ手を加えずに引き出すための選択です。

2018年ヴィンテージが示す現在地

 2018年は、暖かく乾燥した条件に恵まれながらも、果実はフレッシュさを失わず、非常に完成度の高い年でした。レカイヨン氏は、このヴィンテージを「傑出した歴史的ヴィンテージ」と評しています。

 年間の平均気温や降水量ではなく、生育のどの段階で暑さや乾燥、あるいは水分がもたらされたかが、果実のプロファイルを形づくり、結果としてワインのスタイルやテイストに大きく影響します。2018年は、そうした生育段階ごとの条件が良好に重なり、成熟感とフレッシュさ、構造とエネルギーが高い次元で調和したヴィンテージでした。

 また、この2018年ヴィンテージから『ブリュット・ナチュール フィリップ・スタルク』はラベルレスのボトルへと刷新されました。余分な要素を削ぎ落とし、ワインそのものと向き合う姿勢を、視覚的にも体現しています。

BRUT-NATURE-2018.jpg
ラベルレスのボトルデザインとなった『ブリュット・ナチュール・ブラン フィリップ・スタルク2018年』(左)、『ブリュット・ナチュール・ロゼ フィリップ・スタルク2018年』(右)

次の世代へつなぐためのプロジェクト

 レカイヨン氏は、現在の『ブリュット・ナチュール フィリップ・スタルク』を完成形とは捉えていません。「これは研究であり、トライアルであり、次の世代がより確かな判断を下すための準備なのです。」

 過去の造りをそのまま再現するのではなく、かつて自然だった考え方を、変化した環境のなかでどこまで引き継げるのかを問い続けること。『ブリュット・ナチュール フィリップ・スタルク』は、未来のシャンパーニュを考えるための、現在進行形の試みなのです。

※本記事は、2025年10月にジャン・バティスト・レカイヨン氏が来日した際に伺った内容をもとに構成しています。

■ルイ・ロデレール  https://www.enoteca.co.jp/producer/detail/54