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2025. 05. 26
生産者来日

「アンティノリ」CEOであり、現代イタリアワインを牽引する醸造家 レンツォ・コタレッラ氏が初来日──進化を支える挑戦の哲学とは

 イタリアを代表する名門ワイナリー「アンティノリ」。そのCEO兼醸造責任者であるレンツォ・コタレッラ氏は、1979年の入社以来、「アンティノリ」の革新的なワイン造りを牽引してきました。2001年には権威あるイタリアのワインガイド『ガンベロ・ロッソ』で「年間最優秀醸造家」に選出され、現代イタリアワインの礎を築いた人物の1人として広く知られています。

 2025年3月、レンツォ氏が初来日し、アンティノリの伝統と革新について語っていただきました。トスカーナの「ティニャネロ」「グアド・アル・タッソ」、ウンブリアの「カステッロ・デラ・サラ」、そしてチリの「アラス・デ・ピルケ」といったワイナリーでの取り組みに焦点を当て、この度エノテカに初入荷した『マタロッキオ』やリリースされたばかりの『ピティオ』の誕生の背景やその魅力についてもお話いただきました。

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↑アンティノリのCEO兼醸造責任者のレンツォ・コタレッラ氏

家族経営が守り続ける、品質への揺るぎない信念

 1385年の創業以来、アンティノリでは27代にわたり、家族の誰かが必ずワイン造りに携わってきました。「すべての世代で誰かが関わっていたこと。それがアンティノリの本当の伝統です」とレンツォ氏は語ります。

 この伝統の中で育まれてきたのが、品質への一貫したこだわりです。「ラベルやマーケティングでミスがあっても、中身の品質だけは決して誤魔化せない」とレンツォ氏。得た利益の多くを畑の取得や醸造設備への再投資に充てるという方針も、品質向上を何よりも重視するアンティノリならではの在り方を物語っています。

 「ワインは最終製品、ブドウはその途中段階。だからこそ自らの手で畑を管理する"栽培者"であることが何より大切です」とレンツォ氏。アンティノリのCEOは常に畑と醸造現場の知見を持つ人物が就任し、レンツォ氏もその例外ではありません。

スーパータスカンという革新──『ティニャネロ』

 アンティノリの革新を象徴する存在が『ティニャネロ』です。1971年に誕生し、2021年で50周年を迎えたこのワインは、白ブドウ混醸義務のあった当時の法をあえて外し、黒ブドウ100%で造られたことで"スーパータスカン"という新ジャンルを築きました。 

 伝説の醸造家ジャコモ・タキス氏や、「近代ワイン醸造学の祖」とされるエミール・ペイノー氏も携わったこの革新的ワインは、イタリアワインの価値観そのものを塗り替えた転機といえます。

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↑『ティニャネロ』のファーストヴィンテージ1971年(左)と、50年を迎えた2021年(右)(アンティノリのInstagram「https://www.instagram.com/marchesiantinori/」より)

 「ティニャネロの成功がなければ、今のアンティノリは存在しませんでした」。そう語るレンツォ氏の言葉からは、ティニャネロの成功がアンティノリというワイナリーの哲学に、今なお深く根づいていることがうかがえます。

 「キャンティ・クラシコでも偉大なワインが造れること、細心の注意を払って厳密に選別をすれば偉大なワインができること、そして偉大なワインは偉大なテロワールから生まれるということ」。──この信念を出発点として、アンティノリはその後も各地で挑戦を重ね、『ソライア』『グアド・アル・タッソ』『チェルヴァロ・デラ・サラ』『ピティオ』といった、土地の個性を最大限に引き出した偉大なワインを次々と誕生させてきました。


"世界に通じる白をイタリアから"──『チェルヴァロ・デラ・サラ』

 レンツォ氏がアンティノリに入社して最初に任されたのが、ウンブリア州オルヴィエート近郊のワイナリー、「カステッロ・デラ・サラ」でした。

 「当時のイタリアでは、白ワインといえば軽快で早飲みのスタイルが主流でした。しかし、ブルゴーニュのモンラッシェに感銘を受け、"イタリアから世界に通じる偉大な白ワインを造りたい"と思ったのです」。そう振り返るレンツォ氏の理想が、1985年に『チェルヴァロ・デラ・サラ』として結実します。

 熟成に耐える白ワインを目指し、バリックやクリオ・マセラシオン(低温浸漬)といった革新的な手法を導入。当時は「過剰な介入」として一部で異端視されましたが、すぐに専門家から高い評価を受け、レンツォ氏の名を一躍知らしめました。現在では『ガンベロ・ロッソ』の「トレ・ビッキエリ」常連として、イタリア白ワインを代表する存在です。

 「シャルドネを主体に、土着品種グレケットを少量ブレンド。温暖な気候がもたらす豊かな果実味に、グレケット由来の酸と塩味が加わります」。バリックと500Lの大樽、ステンレスタンクを併用し、マロラクティック発酵の比率をヴィンテージごとに調整しています。

 レンツォ氏は、大学時代から、当時まだ一般的ではなかったクリオ・マセラシオンを研究テーマに選ぶほどの強い探求心を持っていました。その情熱は、理論と経験に裏打ちされたアプローチとして、このワインの造りにもしっかりと反映されています。

 理想の結晶、『ニッビオ・デラ・サラ』


 「『チェルヴァロ・デラ・サラ』をさらに突き詰めたシャルドネ100%の白ワインを造りたい」。

 そのレンツォ氏の理想が実現し、2019年に誕生したのが『ニッビオ・デラ・サラ』です。構想から30年、ようやく取得できたのが、「カステッロ・デラ・サラ」で最も冷涼な北東向きの斜面モンテ・ニッビオ。石灰質土壌で森に囲まれ、日照と風通しに恵まれたわずか1.5haのこの区画こそ、レンツォ氏が長年探し求めた理想の地でした。

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↑ニッビオ・デラ・サラの畑

 「このワインは、シャープで凛とした酸、強い塩味、柑橘系の香りの明快さが際立ち、熟度と緊張感のバランスに優れている。『チェルヴァロ・デラ・サラ』が「豊かさと魅力」を備えるのに対し、『ニッビオ・デラ・サラ』は「張り詰めた緊張感と厳格さ」が際立ちます。チェルヴァロ・デラ・サラでの経験と試行錯誤を経てたどり着いた、私の理想の結晶です」──レンツォ氏は、そう情熱をにじませながら語っていました。

 2023年ヴィンテージではすべて500L樽を使用。大樽ならではの穏やかな酸素接触が、過度な丸みを避けつつ、果実味の透明感と緊張感を引き立て、さらなる洗練を遂げています。

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↑チェルヴァロ・デラ・サラ(左)とニッビオ・デラ・サラ(右)

1区画の個性に賭けた挑戦──『マタロッキオ』

 トスカーナ・ボルゲリの自社畑から生まれる『グアド・アル・タッソ』は、カベルネ・ソーヴィニヨンを主体に複数品種をブレンドし、土地の個性とブドウの力を引き出すことで、しなやかで気品あるスタイルを追求してきたスーパータスカンです。ヴィンテージごとに比率を調整しながら、毎年その年ならではの最良のバランスを見出しています。

 「その過程で、水はけの良い土壌と白い石のある5haの単一畑で、際立った個性を放つカベルネ・フランが育つことを発見しました。白コショウやミントを思わせる香り、柔らかな口当たり、長い余韻──この区画のポテンシャルをそのままワインとして表現したいと考えました」。

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↑マタロッキオの畑

 そうして、この単一区画のカベルネ・フラン100%で誕生したのが『マタロッキオ』です。2007年のファーストヴィンテージ以来、緻密さとフィネスを備えた味わいで、ボルゲリのテロワールに新たな可能性を示す1本となっています。

 「カベルネ・フランという品種は、条件が揃ったときには本当に素晴らしいワインを生む。でも非常に繊細なブドウで、すべての年に向いているわけではありません。だから『マタロッキオ』は、ブドウの質が最高の年だけに仕込んでいます。それ以外の年は『グアド・アル・タッソ』に使用しています」。

 多様な要素を調和させる「グアド・アル・タッソ』と、個性を一点に凝縮した『マタロッキオ』──両者は異なるアプローチでボルゲリという地の魅力を引き出しています。」

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↑グアド・アル・タッソ(左)、マタロッキオ(右)

チリ・マイポ・ヴァレーに築いた、新たな表現の地──『ピティオ』

 アンティノリが南米・チリで初めて手がけたプロジェクト「アラス・デ・ピルケ」は、2001年、ピエロ・アンティノリ氏と醸造家レンツォ・コタレッラ氏が現地を訪れたことから始まりました。

 「アンデス山脈の麓に広がる美しい風景に魅了され、そこから"どんなワインを造ろうか"と夢が膨らんだのです」――そう語るレンツォ氏が最初に手がけたのが、厳選したカベルネ・ソーヴィニヨンとカルメネールをブレンドして仕立てた『アルビス』でした。

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↑アンデス山脈の麓に位置するアラス・デ・ピルケの畑(アラス・デ・ピルケのInstagram「https://www.instagram.com/vinaharasdepirque/」より)

 その後も20年以上にわたり収穫と研究を重ねるなかで、マイポ・ヴァレーの自社畑の中でもとりわけ特異な土壌構成と優れた品質を備えた2つの区画──26番と27番が特定されました。この2つの区画は、東向きで日照に恵まれ、岩の堆積を含む花崗岩土壌によって、ブドウの根が深く張り、土壌の力を余すことなく吸い上げます。

 そして、この恵まれた2つの区画で栽培したカベルネ・ソーヴィニヨンに、5%のカベルネ・フランをブレンドし、特別なキュヴェが誕生しました。それが、「アラス・デ・ピルケ」のトップ・キュヴェ『ピティオ』です。ファーストヴィンテージは2022年で、良年にのみ、わずか3,000本だけが瓶詰めされる希少なワインです。この度、エノテカにも初入荷しました。

 「この土地のポテンシャルには本当に驚かされました。豊かさとフィネスを備え、凝縮感がありながらも透明感がある。世界の名だたるカベルネ・ソーヴィニヨンと並んでもまったく遜色がないと思える、そんなワインができました。私たちがソライアやティニャネロで挑戦してきたように、ピティオもまた"この地だからこそ造れるカベルネ・ソーヴィニヨン"の姿を世界に伝えてくれると信じています」。そう語るレンツォ氏の言葉からも、その手応えが伝わってきます。

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↑アルビス(左)、ピティオ(右)

挑戦が伝統を進化させる──「アンティノリ」の原動力

 「ワイン造りは農業であり、自然との対話です」。そう語るレンツォ氏は、畑こそがワインの本質であるという信念のもと、自らの足で現場に立ち続けています。その実直な姿勢こそが、変化を恐れず挑戦を続けるアンティノリの精神につながっているのです。「過去のやり方にとらわれず、常に新しいことに挑戦し続ける。これはアンティノリの精神そのものでもあります」。

 「アンティノリでは、すべてのワイナリーで醸造責任者に1haの区画を与え、自由な実験を奨励している」そう。レンツォ氏自身も、カステッロ・デラ・サラ時代に、当時その土地には存在しなかったトラミネールやリースリングを試験的に導入し、貴腐ワイン「ムッファート・デラ・サラ」の可能性を広げました。こうした柔軟な取り組みが可能なのも、「まずはやってみる」という文化が根づいているからこそ。

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 また、少量生産への挑戦も、アンティノリが大切にしてきた考えのひとつです。たとえば『ピティオ』は3,000本のみの限定生産ですが、アンティノリでは他にも、非常に限られた数量で造られるキュヴェがいくつもあるそうです。

 「ブティックワイナリーのような規模でワインを造ると、スタッフは細部にまで注意を払うことを自然と身につける。それがやがて、大量生産のワインを造るときの規範にもなるのです」とレンツォ氏。大きな規模であっても少量の造りに真摯に向き合う。その積み重ねが、アンティノリの品質を裏打ちしています。

 「挑戦する姿勢があるからこそ、退屈しない。そして成長がある」。このレンツォ氏の言葉には、アンティノリが伝統に甘んじることなく進化を続けてきた理由が凝縮されています。

■アンティノリ
https://www.enoteca.co.jp/producer/detail/169